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2008年5月10日 (土)

知的所有権と知的財産権

2002年の知的財産戦略大綱には、知的所有権という用語を可能な限り知的財産権に統一するという目標が掲げられています(こちら)。Intellectual Property を知的所有権と和訳するのは誤訳という意見もあります(こちら)。

この用語統一が行われた際に、私はほとんど疑問に思うことなく、そんなものかと受け入れていました。知的財産戦略大綱にあるように「物を対象とした所有権法とは異なり、知的財産法は情報を対象としており、所有権法とは異なった情報独自の法体系が必要となりつつある」のだなと鵜呑みにしていました。

この用語の使い方に、感覚的には、全く異論はありません。感覚的というのは、後で触れるように、どのように異なるかはっきりと理解していないからです。占有に関して、物と情報は明らかに異なります。私のブログを誰かが無断でコピーしても、私がその記事を使えなくなるわけではありません。少し話がそれますが、この用語統一はとても先見性のあったことだと感心します。言葉は思考世界の切り取り方を決め、逆に思考にまで影響を及ぼしますので、国民の知的財産意識の向上に大きく寄与したことでしょうし、これからも大きく影響を及ぼすでしょう。

さて、私が気になったことは、物を対象とした所有権法と情報を対象にした知的財産権法が「どのように」に異なるのかという点です。頭の整理が済んでいる方がたくさんいらっしゃるかもしれません。私はまだまだぼやーとしていますし、このブログは私のブレインストーミングの一つですので、あまり期待しないでください。今日は特許権や著作権に期限があるのに対し、所有権には基本的に期限がない点について考えてみました。

都心の一等地を所有していたり、高価な宝石を所有していながら、例えば20年の満期で公有地になったり、国有財産になったりはしませんが、これは有体物の特質に由来しているわけではありません。奈良時代に「三世一身法(さんぜいっしんのほう)」という法律がありました。開墾を奨励し、開墾者に対して、三世代にわたって墾田私有を認めたものです。つまり、期限付きの土地に対する所有権です。その後、開墾奨励のインセンティブが弱かったのか、墾田永年私財法が制定されます。一方、特許権法や著作権法は、技術開発や多様な文化を奨励し、発明者や著作者に対して、一定期間の排他権を付与するものです。

誰も手に入れていない社会的に価値ある物(新田、発明、著作)が存在し、それを手にするために投資が必要な場合に、それを社会で利用可能とするために、インセンティブが必要という点では、特許権、著作権、所有権も大きく変わりません。異なる点は、現代には「新田」がほぼ皆無ということです。新田開発に対するインセンティブ付与は現代では不要です。既にある土地を取引を通じて、最も価値を生み出す人に分配されるようにする仕組みの方が重要なのです。一方、発明や創作は無から有を生み出すことです。それは尽きることがありません。今後も特許権や著作権ではインセンティブ付与が重要な役割を演じることでしょう。

つまり、権利期間の有無は、新しいものが存在するか否かに依存するのであり、物か情報、無体か有体かという分類とは関係ないのです。

一番重要な違いは、情報は何人でも利用できるが、物の利用人数は限られる点にあると思っていますが、今後時間のあるときに頭の整理をしてみたいと思います。

きっかけを与えてくれた本がThe Economic Structure of Intellectual Property Lawです。30ページほど所有権と知的財産権の比較の説明をしています。Laboratory Corp. of America Holdings v. Metabolite Laboratories, Inc. 548 U.S. 124で引用されていて、面白そうなので、ケースを読んでいる最中にAmazonで注文しました。Posner判事の本は難しいので完全な理解は程遠い状況ですが、繰り返しチャレンジしようと思っています。

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